福岡高等裁判所 昭和46年(ラ)89号 決定 1971年8月30日
抗告人 根本光子(仮名) 外二名
相手方 根本庄造(仮名)
主文
本件抗告を棄却する。
理由
一 本件抗告の趣旨
「原審判を取消す。本件を大分家庭裁判所に差戻す。」との裁判を求める。
二 抗告の理由の要旨は
原審判には主文に影響を及ぼす重大な事実の誤認がある。
(イ) 本件遺言は危急時遺言であるが、遺言者は本件遺言がなされたとされる昭和四五年一一月一八日当時においては死を予知していなかつたし、さきになした公正証書による遺言を取消す意思があつたとは考えられないのに危急時に遺言する意思があつたと認定している。
(ロ) 本件遺言の立会人は相手方または相手方の弟根本秋男若しくは妹真佐子から依頼された同人らとの間に利害関係ないし親交のある者ばかりで本件遺言がなされたときの状況についての同人らの供述が不自然であつたり供述相互間に矛盾喰違いが多いことに徴すると、本件遺言は相手方らの共謀による仮装行為と見るほかない。
(ハ) 相手方らの供述には信憑性がない。
というのである。
三 当裁判所の判断
民法第九七六条第三項は「家庭裁判所は、遺言が遺言者の真意に出たものであるとの心証を得なければ、これを確認することができない。」と規定するから、家庭裁判所が遺言が遺言者の真意に出たものであるとの心証を得たならば、これを確認しなければならないものである。この確認は、もともと無効な遺言を有効とするものではなく、無効な遺言は確認を経ても、依然として無効であることにはかわりはなく、ただ本来有効なるべき遺言もこの確認を経ないときは無効となるにすぎないものである。すなわち、遺言の確認は遺言が遺言者の真意に出たものであることを一応認定するに過ぎないものであつて遺言の効力を終局的に確定するものではないのである。遺言の効力の終局的な確定は当事者に十分な攻撃防禦の方法を議ずる機会の与えられる訴訟手続によつてなさるべきものである。
抗告人らは原審判には主文に影響を及ぼす重大な事実の誤認があると主張するが、本件記録によれば、原審判は家庭裁判所調査官をして本件遺言確認申立人である根本庄造のほか本件遺言に立会つた池田正子、中村幸司、二ノ宮由郎、大沢敬助、医師矢野信平、看護婦須藤タカ子について事実を調査させたうえ、原裁判所自ら前記各関係者(二ノ宮由郎、大沢敬助を除く)のほか新たに根本真佐子、根本光子(二回)、浜野雄司(二回)医師豊田倫治をそれぞれ審問した結果と従前なされた公正証書による遺言書、および遺言者根本勇夫に対する診察日誌を総合して本件遺言が遺言者の真意に出たものであることを確認したものであることが明らかであつて、これら各資料と本件遺言書をあわせてみると、本件遺言は遺言者の真意に出たものであることを一応認定でき、原審判には事実の誤認があるとすることは当らない。
さらに当審において事実の取調をし、原裁判所における関係人の供述の信憑性を検討することは家事審判に対する即時抗告の審理においては相当でないから(本件遺言者の遺産の帰属については本件審判事件の当事者間にすでに別個訴訟の係属していることもうかがわれる)当裁判所は原審判を相当とし、原審判の理由をここに引用する。よつて原審判は相当であるから、本件抗告はこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 弥富春吉 裁判官 原政俊 境野剛)